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全ての垣根を壊す、何かが割れる音と共に始めよう

 

平等を求めた我々は性差や物理的差異を大きく飛び越え、凡てがデータとなる。

かつて人工知能と呼ばれたものの脅威はもはや天候や他の生物同様予測不可のものと同等と考え、我々のライフスタイルを補完し共存している…というよりも膨大な社会そのものがOSのようなものとなり、人類もAIも統合されたその一部と考えたほうがよいかもしれないが、実質的には太古よりそのようなものだったらしい。

 

そういった現在では「肉体ダルい」と言った人々が身体を捨て、頑固にも肉体に固執する保守的な人々との棲み分けが行われている。肉体そのものがブランド品や高級車などと同様にラグジュアリー化しつつあるものの、しかし個人的には些かどうでもよいことだ。

 

この社会では個人のアイデンティティが物理的な場所に依ることがほぼない。「脳」の概念が今や変わりつつあるのだ。

 

今となってはたった150TBのデータに過ぎず、その中で瞬間的にアクセスできる謂わばRAMに記憶されているのは17.5TBらしい。

残りの130TB余りの記憶は記憶として活用されることなく意識からパージされるものの、しかし無意識下でデフラグメンテーションされ、そこに留まり続けている。

 

50年ほど前、MR上に潜在する個人のパージデータをクラッキングする集団が現れた。結果として数億人に及ぶ所謂パージされたデータがMR上にリークされ、漂白するそれらは相互転送用プロトコルを通じて共有されることとなる。

 

情報窃盗行為自体はすぐに発覚したものの、愉快犯だと見做され然程問題視もされなかった。

 

個人の記憶は代替不可能なデータであるため、人間の脳データは複製することができずプロックチェーン上に絶え間なく記録されるが、ストールされた本人は自己のデータにも関わらずクラックされていることに気づかない。明白だがデフラグされたデータはパージされているため、通常生活をしていく上でアクセスすることは稀である。人々は変わらず複合世界に存在し生活している。

 

元来地球は雷や太陽風により、地表と電離層の間に震動が発生し共鳴を生んでいることが明らかになっている。その共振を転用し地球上に存在する人々の集合的無意識を意識へ自動的に転移させる試みにより集合的無意識が顕在化された現在では、やはり無意識がデジタル上で同時に共有される程度のこと問題にならなかったのだ。

 

しかしいくつか生まれた議題があった。記憶を形成する一部として我々の無意識下に影響する部分を欠損した場合、我々の自我にも影響が及ぶのかといった問題だ。

 

凡てが非代替性トークン化し流通する社会だが、人々の記憶に関していえばデータ化した個人の個性や自我を保証するために与えられたとされていた。

しかしクラッキングした集団はクラックそのものが動機の愉快犯ではなく、何れ来る我々の自我崩壊を目的としていたのかもしれないとの指摘もある。

 

不用意に転用できぬよう固有のアドレスが割り振られた側面もあるようだが、

「私は誰だ」という命題はなくならず、結局のところ代替不可能トークンを記憶に与えたとしても、自我というのは他者との距離そのものに存在するものなのかもしれないという、アイデンティティと言ってもいいが、とにかくそういった問題は未だに続いている。

 

17世紀より続く形而上学的エンターテイメントは未だに私たちの心を揺さぶり続け、またそのことが私が生きている間に解決に至らないという事実も内包し、宇宙を紐解くごとくバトンを受け、渡し続けることだろう。